㈱日本ジープセンター通販部はジープをはじめとする四輪駆動車を専門とするプロショップです。

TEL.03-3489-5902

〒201-0004 東京都狛江市岩戸北4-17-15

ブログ

過去に書きためたエッセイのようなものが出てきたので毎週掲載をしてみます。『ジープ馬鹿、これでもか』part 3

東京で一番急な坂道が目白通りと明治通りの立体交差点の近くにある。
明示通りと平行して目白通りに出る道だ。
この坂道にトレーラーをけん引したジープ・J-3でトライしたことがある。
いくら東京で一番急な坂といっても舗装した一般道路をたた登るだけでは
トライもヘチマもない。
4/1トン積のトレーラーに少なくとも1トンほどの石材を積み込んだものだ。
坂の下で一時停止してジープ特有のトランスファー(副変速機)のギアを
低速に移して主変速テコを2速のセカンドに入れた。オフロードの難所でも
あるまいし、これで登り切れるなどとなめてかかったらとんでもないことに
なった。
グゴーツと勢いよく走りだしたまでは良かったが、坂の中ほど来たとき冷や汗
が出てきた。たぶんその時の自分の顔は真っ青。頭の中は真っ白で渦巻いていた
ことだろう。この場に及んでも、もはやローにシフトチェンジは不可能である。
クラッチを半分でも切ったとたんに地獄行き特急である。さすがのJH4エンジン
も悲鳴をあげだした。坂の八合目ほどのところでエンジンはプツン、ストライキ
を決め込んだ。この場合は、あえてストライキという。オーナーがミスれば
働くエンジンはチンぶりかくのは当然だ。その場から再スタートなどできるはず
がない。やろうとすればクラッチが焼けて炭になる。さー大変だ。
トランスファーの低速は、エマージェンシー用なのである。メインミッションが
セカンドだと言ってもそれでエンストするような急坂では、ブレーキがまともに
効くわけがない。
600x16のゲタ山タイヤはこんな時最悪で、車輪は止まっても路面をタイヤが
術ってズルリ、ズルズル・・・。重量オーバーのトレーラーに引っ張られて
坂を下りだしたからたまらない。とっさにイグニッションスイッチを切り
変速テコをバックに突っ込んで、サイドブレーキをかけてジープから飛び降り
すぐ後ろに飛んで行ってトレーラーのサイドブレーキハンドルをこれでもかと
引き上げた。

 

 

過去に書きためたエッセイのようなものが出てきたので毎週掲載をしてみます。『ジープ馬鹿、これでもか』part 2

昭和42年9月、日本で初めてオフロードレースというものが静岡県の
大須加砂丘で行われた。
その頃はバギーと呼ばれる手作りの2輪駆動車が主で、38台ほどエントリー
があったようで、4輪駆動車は我がハリケーンクラブのジープ3台と広島県
からやってきたという2台ほどであったと記憶している。
これが日本で行われた4輪オフロードレースのはしりである。
このイベントに参加するべく軽量化のため、ジープについている部品・用品を
全部取り払い、ノッペラボーのボディに手作りでロールバーらしきものを装着
して後部のスペアタイヤ、ガス缶などブラケットごと外しC型バンパーもなく
ただナンバープレートだけは公道を走るため下の方に残しておいた。
まっ平になった背面の右から左にかけて「フラワーパワー」と大きく
紅型に真ん中を盛り上げて、英字で大きく看板風に書いて外輪に大小の花
を散らした図柄がうけて(自分ではうけたと思っているが・・)、東名高速
を東京から袋井インターまでの間に3回ほど、追い越していく車の窓から
藁って手を振られて気を良くしたものだ。
手を振ってくれたのは皆外人なので、「変だなー、何か他の趣味があるのかな」
と今でも解らない。
「帖華微笑」という言葉がある。
「花を指で回す」・・を見て微笑むという事である。以心伝心の花。
地球人は皆同じだなー。スバらしい。
2004年9月 黒岩政明

過去に書きためたエッセイのようなものが出てきたので毎週掲載をしてみます。『ジープ馬鹿、これでもか』part 1

今回から暫くやってみます。画像は特にありませんので悪しからず。
今から70年以上も前に作られたアメリカ製軍用ジープは、今でも
多くのマニアの手によって世界中に7~8万台ほど残存していると思われる。
ウイルス社のモデルMBとフォードモデルのGPWがそれだ。
この車に搭載されているサイドバルブ式のロングストロークでトルクフル
なエンジンは排気量2200㏄だ。
通称ゴーデビルと言われている。まさに悪魔的底力を秘めている。
このエンジン、海外ではつい最近までコンプレッサーや発電機など産業機械に
使われていたというから驚きだ。
MB・GPWをマッカーサータイプ、その後のM38A1(エンジンはJH4)を
アイゼンハワー、M151をケネディータイプと国内外のその道の人は呼んでいる。
日本にはそんな文化はない。
米兵はその時期、戦場でその車と苦楽をともにしたから司令官の名前を当時の
ジープの
ニックネームにつけたのである。
ジープは鉄の馬だ。何故それがジープだったのか、何故それが飛行機ではなかった
のか、何故戦車ではなかたったのか。
持ったたずなに血が通う・・こんな歌の一節を聞いたことがあるだろうか?
今の若者はたぶんねーだろうな。うるせいじじい。
2004年8月 黒岩政明

カーセンサーエッジ2018年3月号の取材を受けました。

IMG_2692

久方ぶりに社長が直接取材を受けました。どうも昔、国領の時代に
お店に来ておられた方のようで、とても取材中に話がはずんだようで
P46,47において取り上げられております。現品は現在楽天ブックスで
取り寄せ中です。2018年3月号で今回は四駆が取り上げられています

CJ3A-J2の三菱自動車への寄贈について

先般来、三菱自動車岡崎に対して寄贈を申し入れておりましたが
今回辞退する旨のご返事を頂戴しました。沖前館長にも相談した
結果とのことでした。日産自動車との提携を受けて、まずは会社
の再生に全力を傾注するためとのことでした。
という訳で、J2を再販するべく準備にかかる予定です。まあ、完全
復活には年単位の時間がかかると思われます。(社長)

ようやく3年間におよぶ三菱ジープ互助会との約束が実現します。

img_2404

ようやく実現できることとなりました。あの代表者も諦めずよく食らいついてきてくれたと思います。
2種類の幌を、正確な型取りを行い、経年劣化が極端に少ない化学繊維の生地を使用して、日本人の
職人が手作りを致します。完全JJCオリジナル商品です。久方ぶりに感動しました。

①純正幌の代替幌 250,000円
②パノラマトップ幌の代替幌 200,000円
ご注文時に現在ご使用中のドアを送付下さい。ドアは再利用致します。
 ⇒12/6現在、幌の製作のページが表示できなくなっております。