調査・研究報告

Old Timerへの投稿記事

Old Timer誌への投稿記事①

《Old Timer 165号掲載 三菱ジープ黎明期の情報》

【三菱ジープ黎明期のエンジンについて】

 実は、書籍『三菱ジープの歩み』にも3J,4Jエンジンのことにはズバリには触れられてはいなんです。同書のP153に以下のような記述があります。この『三菱ジープの歩み』という非売品書籍は、ヤフーオークションに定期的に出品されています。原本はグリーンの表紙ですが、コピー版は薄いブルーの表紙になっています。新しく三菱ジープを所有されるようになった方は、是非この書籍をお読みいただきますとかなり三菱ジープに対する理解が深まると思います。
 一説のくだりにはこのような記載があります。
『JH4ハリケーンエンジンは、CJ3B型以降のジープに搭載されたF頭式シリンダーヘッドのエンジンであり、これ以前のCJ2A/3A(J1,J2型)には、サイドバルブ式のライトニングエンジン4型が搭載されていた』『しかし、ハリケーンエンジンといえど、シリンダーヘッドを除けば、ベースはほとんどライトニングエンジンと同じである。1953年にウイリスオーバーランド社と技術契約を結びジープの完全国産化に着手したが、最初のJ1,J2型はCKD(完全部品供給方式)のため、ライトニングエンジンであった。』
 この答えは、新三菱重工業時代(1952年5月~1964年6月)の整備解説書の中にありました。3Jエンジンと4Jエンジンは、ウイリスオーバーランド社製のもので、3JエンジンはL頭式で、4JエンジンはJH4同様にF頭式燃焼室が設定されていました。ボア・ストロークは3エンジンとも同じで、排気量も2199㏄。但しエンジン回りを含めた寸法や整備重量には大きな違いがありました。

2019年04月07日

Old Timer誌への投稿記事②

《Old Timer 166号掲載 型式認定届出資料》

【第一次車種拡大期】

 CJ3B-J3のご先祖はCJ3B-J1(官庁用)とCJ3A-J2(軍用)で全ての部品を米国から輸入したCKD(complete knock down)で立ち上がりました。この頃のウイリス製の4Jエンジンを搭載したCJ3B-J3に関する諸元表が存在しています。外国自動車という扱いで型式認定がされた形跡が残っています。また、詳細まではお伝えできませんが、昭和29年(1955年)6月19日付けで運輸省から認可がおりたようです。馬力は、その後の初期のJH4エンジンと同じ70HPと記載されています。製造者は、新三菱重工業株式会社名古屋製作所となっています。残念ながら、私はJH4エンジン搭載の初期型CJ3B-J3 70HPの諸元表やカタログは持ち合わせていません。JH4エンジンの馬力が76HPに強化された後期型へは、昭和36年(1961年)8月頃から切り替わったようで、この頃のカタログは所有しており、手書きの車両画像が中心のものですが非常に参考になります。
 時期は前後しますが、昭和33年(1958年)5月8日には、KE31ディーゼルエンジンを搭載したCJ3B-JC3が型式認定され、その後、昭和36年(1961年)8月にJ3(通称J3R右ハンドルガソリン)が、またほぼ同じタイミングでJ3D(通称J3RD右ハンドルディーゼル)がラインアップされました。この頃の取扱い説明書には、CJ3B-JC3(左ハンドルディーゼル)、J3(左ハンドルガソリン)、J3R(右ハンドルガソリン)、J3RD(右ハンドルディーゼル)が同時に記載されており、4車種の諸元を一度に比較できる優れものとなっています。※CJ3B-J1,J2という表現は、敢えて故石川先生流を踏襲しています。

2019年04月08日

Old Timer雑への投稿記事③

《Old Timer 167号掲載予定原稿》

【4JエンジンとJH4エンジン搭載車両の外観相違点について】

三菱ジープのあゆみの169ページにCJ3B-J3の4面図が掲載されています。図面を製作した日にちは、昭和28年(1953年)4月16日。CJ3B-J3は、左ハンドルでスペアタイヤは助手席側のサイドに設定されています。グリル正面には、三菱マークのないWILLYS。ボンネット運転席側にもWILLYSのマーク。リアゲートにもWILLYSのマークと『4 Wheel Drive』の有名なマーキングもあります。後席は、前向き仕様となっています。例の新三菱重工業時代の整備解説書の中に、当初のJ3車両には4JエンジンとJH4エンジン両方の設定があったことが明記されています。ただ私は、特にこの3面図のJ3車両に4Jエンジンが搭載されていたと考えています。もう少し期間を絞ると、昭和29年(1954年)12月のJH4エンジンの完全国産化が達成され、昭和30年(1955年)5月のCJ3B-J3国産化第一号車が完成するまでの間は、この3面図のJ3が生産されていたものと思われます。

 

私の手元にあるCJ3B-J3 70HPの1955年カタログでは、ボンネット運転席側及び助手席側には、MITSUBISHIマークがあり、スペアタイヤは車両の背面に設定されています。後席は、対面シートとなっています。そして、両車両とも例のアポロウインカーです。また両車両ともフロントドアはロイド面積が自衛隊車両のように足元まで大きく取られています。また、両車両ともおっぱいマーカーが設定されています。全長は、スペアタイヤを背面式に変更したため違いがあるのは理解できますが、ほぼ全ての寸法が微妙に異なっています。

 

2019年04月09日